ユダヤ人墓地で

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シナゴーグ(ユダヤ教会)に行く。ホロコースト(大虐殺)の写真などが貼付されている。破壊されたあと火がつけられたなどと書かれていた。
ユダヤ人墓地に向かう。途中シゲット出身のノーベル賞受賞作家ビリー・ビージョルの家の前を通る。彼もまたアウシュビッツに送られ、母や姉と妹と分かれ、奇跡的にソビエト軍に父とともに助かった。沢山のユダヤ人が閉じ込められ、今は博物館になっている建物を通ってユダヤ人墓地に着く。
管理人の老女が古びた土塀に囲まれた鉄の扉を開けてくれる。広い墓地に数百と思われる墓標が並ぶ。老女はその中をぬって、赤い屋根の建物に入った。ここは礼拝堂になっている。こうした建物も沢山あった。
出口近くに縦4尺、横6尺、高さ3尺位の石の碑がある。「実はアウシュビッツで死んだユダヤ人の墓はないんです。これが墓なんです。何万人分かの」と、みやさん。「幸いにも死を免れて帰って来た人たちは、それぞれに石鹸を持って帰っていた。それはアウシュビッツで犠牲になった人たちの人体で作られた石鹸でした。ナチスはこれを使って体を洗えと言ったけど、とても自分たちは使えない。それでここに持ってきたのです。ここはその石鹸のお墓です」。
先程のノーベル賞作家も14歳の少年時代にアウシュビッツに送られ、解放された後もシゲットには帰らなかった。「シゲットはもはやあの地にはない。ユダヤ人墓地の中にあるだけだ」と言ったという。話を聞く一行も、ジジも声はなかった。
シゲットで捕まったユダヤ人は2週間ぐらい閉じ込められた後、有蓋列車で15日ぐらいかかってアウシュビッツのあるビルケナウ駅に着く。14歳の少年がそこで見たものは、まっ赤に燃えさかる火の中で、トラックで運ばれてきた子どもや赤ん坊が焼かれている姿だった。生地獄を見たのだった。ここで彼は母、姉、妹と分けられ母たちはすぐに殺された。シゲットはそういう町だ。そしてユダヤ人は立派な民族だ。「許す。しかし忘れない」と。
「いつも泣いていた婦人を知っています。昔はとっても美人だったと思われるユダヤ人です。あるとき左腕をまくりあげてくれたので分かりました。」アウシュビッツから帰ってきたのでした。彼女がみやさんにいいました。「あなたは日本とかによく行くのでしょう。なんとかリンゴとかナシとかバナナとかのいい香りのする石鹸が欲しいのです」と。1ヶ月後に10個ほど買ってあげました。彼女はとっても喜びました。その謎が「石鹸の墓」で解けたのです。彼女はイスラエルに移住する前に気がふれて亡くなりました。死後、ベッドの下からみやさんが贈った石鹸が見つかったそうです。

石鹸の墓に佇む彼岸過ぎ

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